Life on Music ~ 【Life on Music】は スタジオの環境を活かし、プロのアーティスト・ミュージシャンを志す若者達を育成・サポートするStudioAのプロジェクトです。

RecSwitch 2006年~2012年5月

RecSwitch レコスイッチ

2006年結成

りょーたは高校入学した2004年の夏、音楽、特にBassを本格的に学びたい意志を抱いて教室に通い始める。同時にドラムを習い始めた友人とバンドを組み、コピー演奏でのライブ活動を始める。 そのバンドの後期、オリジナル曲を作る経験をする。

一年後05年、タクヤが高校入学を機に音楽をやる意志を持ってスタジオに来る。

間もなく、りょーたが組んでいたバンドのボーカルが辞め、タクヤがボーカルになる。その後、メンバーが辞め、オリジナル曲で本格的に音楽に向かう二人の活動が始まる。ボーカル16歳、ベース17歳。

 

ユニット名をRecSwitchとし、不足パートをMTRへ打ち込み同期演奏形態でのLIVE活動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Recism 06年7月、れこころ06年12月、れこふう07年5月、3枚の自主作成音源を発表している。

         

                                                  

 

2008年4月~第二期 ~Dr大地&Gtなつき加入

 

RecSwitchが始動した06年春、やはり高校入学を機に、大地はドラム、なつきはBassをやるためにスタジオに来る。二人ともほぼ初心者から猛練習を重ね、Recの後輩バンド「NeoPrime」を結成し二年後にはオリジナル曲でのLIVE活動も出来るまで成長する。 08年4月、二人にRecSwitchへの加入を提案。なつきはBassをギターに持ち替え、ボーカル18歳、ギター17歳、ベース19歳、ドラム17歳。バンドRecSwitchが誕生した。

 

バンドになって初めてのライブは4ヶ月後の8月。                    

コンスタントにライブ活動を続けて来た2009年4月、NHK番組「パフォー!」の「Do As Infinity Presents 新世代バンドプロジェクト~U-23バンドをブラッシュアップ!~」企画ディレクターより投稿お誘いをいただき挑戦することになる。一次、二次各選考を通過し最終選考の2バンドに選ばれSHIBUYA-AXで行われた夏フェス参加。番組内で、亀田誠治氏(元東京事変)、Do As Infinity、テリー伊藤氏、中川翔子さんから、サウンド・歌詞について高評を得る。

 

2009年12月、バンドになって初の自主制作音源 Record A・Record B 2枚同時発表。2010年5月 Recmmed 発表。

 

    

 

Recmmend発表後間も無い6月末、ドラムが脱退の意向をメンバーに伝える。それを受けBassは苦悩熟考の末、この4人以外考えられないと自らも脱退を決める。RecSwitchの第二期が終わる。 

べースとドラム脱退で再度2人になったRecはそこから暫くの間ライブ活動を休止しその年を終える。年が明け2011年、曲作りを再開、アレンジに取り組む地下活動の期間に突入。

3月11日 東日本大震災。

震災後間も無く日本中で救援ライブが開催され始め Recの二人もチャリティライブの一つに参加することになる。演奏形態はアコースティック。 仙台の学校に進学した地元の後輩、高校時代から音楽活動していた元アコースティックユニット「クロパチ」の康介が仙台で被災したが無事地元に帰って来ていた。4月、その康介を入れ「黒牡丹78」という3人組ユニットを作りカヴァー曲でライブ。 これが第三期RecSwitchの前身となる。

この年の後半、作っていた2曲が完成。視聴サイトにアップするなど少しずつ動きだした。同時にライブ活動に向けてのサポートメンバー探しも始まった。ドラムは以前から交流のあった遼太郎に決めていた。問題はベース。なかなか居ない。

そこに候補として存在が大きく浮かびあがったのが康介。

ギターボーカルが本職だが実はその年の「らいふ音の~と♪コンサート」のバンドアンサンブルにベースで参加していた。本格的にベースを演奏したのはその時が初めてだったはずだが難なくこなしていた。年が明け、2012年正月。3人が顔を合わせた。やってみようか! 

一ヵ月後、2月4日、弘前Mag-netでのライブへ誘いがある。正月休みで帰省中の康介に急遽2曲入れることになる。

休みが終わり、一旦仙台に帰り自己練習。ライブまで4人揃って練習できたのはたったの2回。しかし手ごたえはあった。2月4日、約一年半振りのMag-Netのステージ。

このライブで「僕と誰かがいる世界で「大切の方程式」 の2曲を演奏する。ライブ後、メンバーで今後の活動を話し合い、康介は正式メンバーとなる。タクヤ、なつき22歳、こうすけ21歳、第三期RecSwitch誕生。誰もが動き出すと思っていた。タクヤはゆっくりだが先を見据えて淡々と曲作りを進める。なつきはタクヤから託された次曲のアレンジ作業をするはずだった。しかしこの時、なつきにもう一つの動きが。

ライブ直後からサポートし始めたバンドから活動拠点を東京に移すことになった事を機に正式メンバーでの活動を打診される。なかなか加速して活動できない状況のRecと理想的な状態で活動できるバンド。2つの間で揺れ動くなつきだったが、加速して進むことに強く引かれ上京を選択。 

 

2012年5月 RecSwitch の活動は止まった。 

 

 

 

 

ギタリストなつきと音楽

なつきが初めて音楽教室に来たのは彼がまだ小学校一年生の時。出会いは、もう少し前。最初に出会った楽器,それはピアノ。2年生で仙台に引越してるのでピアノレッスンは一年間だけ。

そこから約10年の時を経て、スタジオで再会。本格的に音楽に取り組む生活が始まった。 そして2012年5月。おそらく22年の人生で最も難しく重大な決断。様々な思いを胸に秘め自分の夢を実現するために7月上京。

 

 

 

刺激的な都会で音楽に取り組む生活の一コマを綴るはずのブログだが更新率は低そうだ。ゆったりと期待することとしよう。

なつき兄さんのひとり言