CASIOPEA vs THE-SQUAREのライブDVDを見てドキドキする♪素敵~とmixiやTwitter、facebookに呟きまくっておりましたが、なんでこんなに心躍るのか考えてみました。

単純に、好きだから。(*´∇`*)   

それは、間違いありません(^。^) でもそれだけじゃないみたい。

 

私はポピュラーやジャズとは全く違う路線で音楽を学んで来ました。

鍵盤を始めたのは3歳だったそうです。

当時ヤマハのオルガン教室で、とても優雅な先生のグループレッスンに通っていた記憶があります。 発表会で間違った記憶が鮮明に残っています(笑)

オルガンを弾くのは大好きだったようで知ってる曲に無理やり伴奏をつけて弾いていたことを記憶してます。その後、引越しで暫く止めることになりましたが小学校3年生でピアノでレッスンを再開。普通のピアノ教室で普通に教本を弾く普通の日々。 実はその頃、衝撃的な刺激をうけることが・・・。

同級生の男の子の家に何人かで遊びに行った時、ふっとのぞいたお兄さんの部屋に。。。

 

 

 

 

どっかーん と ドラムセット。

 

見た瞬間、目がチカチカ(*0*) 昭和45年頃の事ね!笑

するとその同級生、色白ちょっとハーフ顔で今で言うイケメンなんですが、そのセットにスッと座って叩き始めたんです。

(-゜3゜) 。。。 キャーかっこいい~~~笑

 

私。。。

 

 

 

その子を通り越して、ドラムに恋をしてしまいました。

その子が上手かったのかは不明です (^_^;)?笑

 

その衝撃とほぼ同時期、当時盛んだった合唱部に入りました。何故かは分かりませんが声が出来ていました。私の声が他の人たちと違ったようです。声量も半端なくて。歌うことで自信もついたし嫌いじゃなかったけど、、、 

当時人気のテレビアニメ、アタックNO.1に刺激を受け、

 

「私中学でバレーボール部に入る~」 ( ̄▽ ̄)ノ″ 

 

その宣言に対し親から星一徹ばりの猛反対(ノ-_-)ノ~┻━┻

突き指したらピアノが弾けなくなる。 何より、中学校の合唱の先生から私が入学のタイミングで合唱部を本格的に作る話を聞いてるから合唱部入部は必然だと(-_-;)

 

は???何言ってるのかな???

一応人並みに抵抗しましたが私の歌声に対する期待が大きく裏切ることが出来ませんでした。

まっ!私がバレーボールをしている姿は私自信も想像できませんので、正しい選択だったのでしょう( ̄。 ̄;)笑

その後、親や先生に引っ張られるように声楽の道に続く扉が開けられました。

高校入学直前、中学の合唱の先生に連れられて東京芸大出身の大学の声楽の先生のところに。 そして訳が分からないままその先生の前で歌う私。

先生が一言 「10年に一人の声。芸大を目指しましょう。」 10年に一人ってσ(^_^;)?

そして、そのままレッスンに通うことになりました。

当時の私、他の教科はともかく音楽だけは好きだったし誰にも負けない自信、プライドもありました。

 

でも芸大ってどこ?のレベル。難関に挑戦する事を理解できてなかった。               

自覚のないまま、楽しさとかけ離れた受験のためのレッスンが始まった。

 

一番重要な 「私は歌いたいのか?そこに行きたいのか?

 

ずっと分かりませんでした。歌うと皆すごいって言う。 声が出るから歌っている。

そんな感覚だった気がします。歌っているのはオペラのアリアが中心。

当時は正直全然興味が無かった。心が入っていきませんでした。そんな状態でしたから練習もそこそこ、レッスンをサボった事もしばしば。

 

よく言われました。「親の心、子知らず」って。

 

いろいろあって、その後音楽を止めました。ピアノに鍵をかけ歌うことも止めました。

 

音楽しかしてこなかった自分はこの後何をしたら良いんだろう。。。          

生きるための力を付けようと、物づくりが好きなことから洋裁・和裁の学校に通い始め楽しく過ごしてました。

 

そしてまったく音楽から離れた生活を始めて半年経った或る日。。。

 

和裁の運針をしている時、目の前に置かれた細長い白い布にあるはずの無いピアノの鍵盤がはっきり。

 

その体験後間もなく、私の意志で音楽に向かう生活が始まりました。     

一応(^_^;)芸大を目指してた3年間の勉強を活かすことができました。    

 

勉強をしなおし、約一年後、ヤマハシステム講師としての生活が始まりました。

 

時はバブルの真っ只中。

年一回、東北6県講師の全体研修は作並温泉や菅生のホテルでの2~3泊宿泊研修。担当コースの指導・教材研修の他、各種講座、夜にはゲストミュージシャンを招いてのコンサート。記憶にあるのはジャズ・ピアニスト、ラテンフュージョンミュージシャン、作曲家、編曲家の松岡直也氏がバンドを率いてのステージ。 ジャズボーカルのマリーンが歌った「IT’MAGIC」がとても印象に残っています。

実はこの「IT’S MAGIC」はスクウェアのナンバー。

難易度の高いスクウェアの曲にしてはシンプルで比較的易しく、子供達のジャズ・フュージョン入門には最適♪発表会のアンサンブル曲として今までに何度か取り上げています。

自分の意志で音楽に向きあった頃、頻繁に耳にし譜面を追っていたのがTHE-SQUAREの楽曲。 

ヤマハの環境、研修での体験が私の感覚を呼び覚ましました。ポピュラーやジャズ路線が強い環境、それが私にはとても心地良かった。

 

ドラムに恋をしたあの感覚!

 

だからドキドキするんですね。そのままの気持ちで現在に至ります。

 

時を越えて、思いっきり子供達にも伝えてます(*´∇`*)

 

 

生まれ変わったら、10年に一人といわれたもう一つの人生を歩む自分にも会ってみたいかな。。。

 

 

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